Ⅲ. 平成(1989年-2019年)金融制度改革、信託2法の改正と信託機能の活用の広がり

1.

バブル景気と景気後退、金融制度改革に伴う加盟会社の多様化

昭和60(1985)年からの「円高不況」を経て、昭和61(1986)年12月からわが国経済はバブル景気となり、株価や地価といった資産価格が高騰しました。平成3(1991)年2月にバブル景気が終了し、景気後退局面を迎えたことから、株価、地価が下落しました。金融機関においては不良債権が増加し、その処理に取り組むことになりました。
わが国の金融制度の改革について、昭和60(1985)年から大蔵省(当時)の諮問機関である金融制度調査会において金融自由化等について検討され、最終的に平成3(1991)年6月に答申が大蔵大臣に提出され、同答申等に基づき金融制度改革法(※1)が平成5(1993)年4月に施行されました。
同法施行を受けて、同年10月から、都市銀行や証券会社等の他業態が新設した信託子会社や地域金融機関の本体での信託業務への参入(※2)が行われ、これらの金融機関が当協会に加盟(準社員※3)したことで、加盟会社が多様化しました。
その後信託業務を兼営できる金融機関の範囲が拡大され、平成14(2002)年2月に都市銀行等に信託業務が解禁され、以降、都市銀行や協同組織金融機関等で信託業務の取扱いが開始され、当協会に加盟(準社員)しました。

  • 金融制度及び証券取引制度の改革のための関係法律の整備等に関する法律
  • 平成5(1993)年4月に、地域金融機関が信託銀行等の代理店となって信託商品を取扱う信託代理店制度が導入されました。
  • 平成5(1993)年10月から信託子会社が、翌年(平成6(1996)年)4月から地域金融機関の加盟が始まりました。
コラム

「公益信託 阪神・淡路大震災遺児育英基金」の設定

平成7(1995)年1月に発生した阪神・淡路大震災の被災者への対応として、同年10月に、当協会が委託者となり、同震災で保護者を失い、経済的理由により就学が困難な高校生に対する給付を行うことを目的として、当協会加盟会社11社の共同受託者による「公益信託 阪神・淡路大震災遺児育英基金」を設定しました。なお、同信託は、平成17(2005)年3月31日をもって終了し、残余財産は兵庫県に寄付されました。